コラム
第2回【独立】 貯金も信用もなかった。それでもバイク屋として看板を上げた理由

第1回で書いたとおり、私は最初からバイク屋を目指していたわけではありません。
そして、独立するときも、理想的な状況とはほど遠い状態でした。
正直に言えば、お金はありませんでした。
預貯金もなく、銀行融資のやり方も分かっていませんでした。
今のように情報が簡単に手に入る時代でもなく、
「融資を受けるには何が必要か」すら理解していなかったと思います。
クレジットカードの審査にも落ちました。
信用というものが、何なのかも分かっていなかった時代です。
今振り返れば、当然の結果だったと思います。
そんな状況で、最初に頼ったのは母親でした。
母親から借りた100万円が、
バイク屋として看板を上げるための、最初の資金です。
その100万円を元手に、
解体屋や輸出業者、バイクショップを回り、
少しずつ仕入れのルートを作っていきました。
派手なやり方ではありません。
ひたすら足を運び、話をして、断られて、また行く。
そんな繰り返しでした。
定期的に返金はしていましたが、
また借りることもありました。
正直、全額をきれいに返し終えたかどうか、
今となってははっきり覚えていません。
胸を張れる話ではありません。
ただ、それが現実でした。
それでも、あの時に看板を上げたことを、
後悔しているかと言われれば、そうではありません。
なぜなら、今もこの仕事で稼げると思っているからです。
夢や情熱だけで続けてきたわけではありません。
「好きだから」「やりがいがあるから」だけで
30年近く仕事は続きません。
生活として、仕事として、
現実的に続けられる。
まだ価値を出せる。
だから今も、バイク屋として看板を上げています。
この経験があるから、
今の私は、無理な仕入れをしません。
背伸びした拡大もしません。
調子がいい時ほど、一度立ち止まります。
そして、人との付き合い方も同じです。
誰とでもうまくやろうとは思っていません。
相性が合う人と、長く続けていく。
それが結果的に、会社を守ることになると知ったからです。
このブログを読んでいる方の中には、
「何かを始めたい」「環境を変えたい」と考えている人もいるかもしれません。
そのときに、きれいな成功談よりも、
こういう現実の話が、何かの参考になればと思っています。
次回は、
レースや現場を通じて私が学んだ、
「中古バイクは、何を見て判断するのか」
という話を書こうと思います。
派手な話ではありません。
でも、ばいく倉庫という店の考え方を知ってもらうには、
欠かせない部分です。
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